和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

捨て石の気持ち (1)

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制度の骨抜き

管理職を降りて一番気が楽になったのは、部下の管理や査定をしなくて済むようになったことです。

 

私の勤め先が、年功制を廃し成果主義を導入してから大分時間が経ちました。しかし、制度が変わったからと言って、それを運用する人間の心構えまでが一朝一夕に変わるわけではありません。

 

成果主義は、年齢や勤続年数では無く、仕事の出来映えが評価の対象のはずですが、制度の運用を歪めてしまうと、年功制よりも社員の意欲を殺いでしまう結果にもつながります。

 

私が部長職にいたのは6年足らずでしたが、その間、自分と一緒に働いてくれていた部員は私の責任で査定を行ないました。一年で目を見張るような成長を遂げた者もいれば、潜在能力はあるのに思うような成果を上げられなかった者もいます。悲喜こもごもの一年を本人たちとの面談で振り返り、部全体のバランスを考えて評価を行ないます。

 

その次に待っているのは、部門内での“調整”です。各部の部長の評価結果を並べて、甘過ぎないか、辛すぎないかを見比べ“補整”したものを部門のトップである担当役員に上げて承認を得た上で、人事部に人事評価の最終案が提出されることになります。

 

成果主義とは言え、配分する給与の原資には限りがあります。従って、評価は絶対評価では無く、相対評価となります。部員全員がどんなに良い仕事をしても、その中で序列をつけなければならないのです。

 

また、査定は今後の昇格にも影響します。例えば、上位の等級に上がるためには過去3年の成績が一定レベル以上であることが条件になっています。どんなに有望な社員であったとしても、たまたま、昇格がかかっている年のパフォーマンスが振るわなければ、本人には翌年改めて頑張ってもらうほかありません。成果主義なのですから仕方の無いことです。

 

しかし、会社が定めたルールにも拘わらず、自分や自分の部下に都合が悪いとなると、途端にルールを骨抜きにしようとする者が現れます。

 

情実評価

とある年、私の部門では管理職昇格の対象者が4名いました。しかし、人事部からは事前に、“枠”は2名分しかないことを知らされていました。私を含めて3人の部長が極めて公平に各人の評価を比較した上で、4名の順位付けを行ないました。部長3人はそれを上司である担当役員に提出して結果を待つこととなりました。最終的には人事部が上層部と相談の上さらなる調整が加えられるので、枠が減らされることもあります。結果が分かるのは、1か月あまり先の話です。

 

管理職の昇格対象者4名のうち、私の部下はひとりでした。彼は、一昨年、前の部署で先輩社員と反りが合わずに異動してきたのですが、その年の評価がもう一歩及ばず、管理職の昇格は見送られてしまったのでした。しかし、それでも彼は腐らずに仕事に励み、文句の無い結果を出していました。その奮励努力を高く評価し、部門の中での昇格候補順位は1位をつけたのでした。

 

ところが、最終調整後の人事評価の結果を見て、私は頭を抱えました。昇格候補順位の2位と3位の社員がそれぞれ1位と2位に上げられ、本来1位だった彼は3位に落とされていたのです。つまり、この年の管理職登用試験の受験資格を得られなくなってしまったのです。

 

登用試験は、後日、上司推薦と部内調整を経て人事部に申請されることになります。そして、それ以外に、形式的には自己推薦も可能となっていますが、その年まで自己推薦で登用試験に合格した者は出てきていませんでした。

 

私が推していた彼の管理職への登用のチャンスは絶たれてしまいました。納得の行かない私は、他の2人の部長にも同席してもらい、上司である担当役員に説明を求めました。

 

2位と3位の社員は、これまでの評価も高く甲乙つけ難い。彼らは、今後この事業本部を背負って立つ人材なので、経歴に“傷”をつけたくない。1位の社員は昨年、昇格枠から外れ、すでに“滞留組”になっているので、さらに1年昇格が遅れても問題無いと判断した - 上司は事も無げにそう言いました。

 

上司の考えは、目をかけていた社員2人を無傷のまま幹部社員にしたいと言うことでした。そして、この年部署で一番の貢献者である社員を、滞留者だからと言う理由だけで弾いたのです。

 

成果主義に恣意や私意が入り込む余地は無いはず。私にとって上司は長話をしたい相手ではありませんでしたが、執務室に居座り翻意を乞いました。しかし、結果は覆りません。

 

部長間で時間をかけて議論した順位付けを提案した際、上司はそれに対して何の異論も挟みませんでしたが、すでにその頭の中では別の考えがあったのでしょう。それを社内の全ての調整が終わり、変更不可になるまで黙っていたのです。

 

査定結果を伝えるのは直属の上司の仕事です。彼に対しては、課長のKさんがその役目を負うことになりますが、今回に限ってこれをKさんにやらせるのは酷な話です。まずはKさんと相談しなければなりませんが、事の顛末をどこまで話せば良いのか、伝え方を謝れば、Kさん自身の意欲を殺いでしまうことになります。(続く)