
元の職場の四年下の後輩から食事の誘いがあり、会社の近くで昼食を一緒にしました。酒好きの相手は飲み会を提案してきましたが、私は会社員時代の延長線上の習慣を避け、明るい時間帯に変えてもらいました。
誘いの理由は敢えて聞かなかったものの、仕事を引退した人間をわざわざ冷やかすような暇があるとも思えません。案の定、後輩は早期退職すべきか否か思案中でした。
独身の彼は、すでにご両親は鬼籍に入っており、自分のこれからを決めるにあたって妨げになるようなものは少ないはず。退職を躊躇しているのは老後資金の問題なのだろうか ー などと私は勝手な想像を巡らせましたが、それは見当違いでした。
彼の、やや冗長で婉曲的な話を私なりに解釈すると、退職して自分の自由にできる時間が増えることよりも、会社という拠り所を失うことへの不安が大きいと言いたかったようです。
昔読んだスティーブン・キングの小説の中で、刑務所生活は最初は地獄のようでもやがて慣れて、その生活が長くなればなるほど刑務所に依存するようになってしまい、外での生活に戻れなくなってしまう、というニュアンスのセリフがありました。
当時の私は学生で、もちろん、刑務所にご厄介になった経験もなく、ピンとくることはありませんでした。社会人になって、その小説を原作とした映画(邦題『ショーシャンクの空に』)を見てもそれは変わりませんでしたが、三十代から四十代、そして五十代と歳を重ねるにつれ、ふと思い出すそのセリフが自分の中で重くなっていく気がしていました。
会社も刑務所と似たようなもの、などとブラックジョークを言うつもりはありませんが、会社員という肩書をぶら下げて生きているうちに、そして、それが長くなるにつれて、失うことへの恐怖心にも似た感覚が湧いてくる人もいるのかもしれません。
私は会社員の自分に不満や不安を抱きながらも、金銭的な事情や仕事への責任感とは別の、組織に属している安心感を失いたくないという気持ちが少なからずあったのだと思います。その気持ちを払拭できたのは、たまたま妻の看病や在宅勤務のおかげで自分を見つめ直す時間があったからだけでした。
私の話に相槌を打つ相手の表情からは、安堵なのか落胆なのか感情を読み取ることは出来ませんでしたが、そうこうしているうちに食後のお茶も飲み終え、久しぶりの再会はお開きとなりました。
久しぶりに訪れた元職場の周辺は再開発工事の真っただ中。目に映る光景もだいぶ変わってしまいました。