和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

目標不在

新入社員

来週から私の部署に新入社員が配属になります。通常、新入社員に仕事を教えるのはすぐ上の先輩社員と相場は決まっていますが、我が部の場合、三十代半ばの中堅社員が“すぐ上”の先輩、対する新人は女性とあって、部長や課長が心配しているという話が漏れ伝わってきました。それを耳にした“先輩社員”は、自分が信用されていないことにひどく落ち込んでいるという話も漏れ伝わってきました。

せっかく欠員の補充ができたにも拘わらず、いざ受け入れる段になって及び腰になるのは、滑稽を通り越して呆れてしまいます。

指導役となるはずの中堅社員は、セクハラやパワハラとも無縁の、生真面目で冷静で ― いずれにせよ、何か問題を起こすような人間ではないのですが、部課長が心配し始めれば、当の本人も心穏やかではいられないのでしょう。

久しく若手の人材を受け入れることのなかった部署なので、そんなちょっとした混乱も仕方のないこととはいえ、新たに加わる新人の不安を煽ることになってしまっては、せっかくの戦力を十分に活かせないばかりか失うことにもなりかねません。翌週からはゴールデンウィークなので、配属後の一週間の間に新入社員がうまく職場に馴染んでくれること願っています。

 

目標不在

昨年度まで新入社員だった下の娘。指導役はこちらも一回り年上の男性社員ですが、去年の今頃、娘は、「おじさんとは会話が合わない」、「機嫌を取ろうとしてくるのがウザい」とかなり辛辣なことを言っていました。指導役の方は、まさか自分が入社したばかりの新人にそんな風に思われているとは想像もしていないはず。不躾な我が娘の面倒を見る羽目になった先輩社員が少しばかり気の毒に思いました。親としては職場の皆さんに迷惑をかけていないかヒヤヒヤしつつも、二十数年育ててきても治らなかった娘の性格なので、あとは会社に愛想をつかされないことを祈るばかりです。

そんな娘は、社会人二年目になって、この先どうやってモチベーションを維持すればいいのか悩んでいると言います。いろいろ話を聞き出すと、件の先輩社員を見ていても自分のキャリアイメージが湧かず、かと言って、年齢の近い社員は職場にいないため、近い将来の目標とすべきロールモデルが見当たらないことが大きな不満なのだそうです。

私の職場の状況と重ね合わせて、私は来週配属される新入社員のことが少しばかり気がかりになりました。娘の不満を聞いて、ロールモデルの不在というのも若手社員の転職に歯止めがかからない原因の一つなのかもしれないと思いました。

自分よりもほんの少し先を行く、目標とすべき先輩社員。私が新人の時はそんな先輩がいました。直属の上司とは違い、気軽に相談ができ悩みを聞いてくれる相手。今の私の職場にはそのような関係を見つけることができません。

働きにくさ

前回の記事で触れたとおり、私の職場はコロナ禍以前の勤務形態に戻りつつあります。在宅勤務日数の制限もさることながら、執務室の人口密度上昇で以前よりも働きにくい職場になってしまったのではないでしょうか。

物理的な職場環境の悪化や働き方の不自由さの影響は、数日、数か月の短い時間では目に見えないかもしれませんが、転職を考えている社員の背中を、悪い意味で後押しする効果はあると考えています。

若手や中堅社員の退職数が増え始めたのは、もう十年近く前のことです。“終身雇用制度が実質的に終わりを告げたから”というのは、転職を考える理由のひとつであって、勤めている会社に何の不満もなければ、転職を考えることもないでしょう。

当時、会社や労働組合が別々に社員に対する意識調査を行ないました。質問事項は変われども、今も定期的に似たような意識調査は行われています。

以前の意識調査の結果から見えてきたものは、社員の多くが会社の将来性や自身のキャリアパスについての不安・不満を抱いている様子でした。会社が中長期の成長戦略を明確に示すことができず、若手・中堅社員がそのような経営陣に対して見切りをつけた ― 当時の私はそのように理解しました。

しかし、最近の意識調査では、経営陣に対する不満として、人手不足の改善が進まないことや公平感のない評価制度が増えています。

昨年、別の部署で働いていた中堅社員が会社を去りました。彼の部署では、彼より若い代は新卒採用もキャリア採用も長く務まらず、結果として三十代半ばの彼が一番若手の状態が続いていたようです。

“下っ端の仕事”であるはずの雑務は彼が引き受けざるを得ず、付加価値の高い仕事に充てるべき時間を確保することもままなりません。しかしながら、人手不足が恒常化し欠員補充の目途が立たないため、彼は下っ端の仕事から抜け出すことができませんでした。

彼が退職を決心したのは、昨年受験した管理職登用のアセスメントに不合格となったことです。第三者機関によるもので、しかも、判定基準が理解しづらいアセスメントです。彼としては、現状の仕事に対する不満と、管理職になれる希望も薄くなったことで、会社に見切りをつけたのだと言いました。

以前の意識調査で意見の多かった、「会社のビジョンが不明確」とか「社員のキャリア開発の道筋を示されていない」といった不満は、会社や自分の将来に対するものでした。

件の彼の退職は、将来に対する不満や不安ではなく、現に自分が置かれている状況に対するフラストレーションが理由でした。

退職理由の変化。意識調査で見られる会社への不満は、転職予備軍の声なのでしょう。あと数年、もしかしたら、次回の意識調査で、働きにくさに対する不満が急増しているかもしれません。

働き方改悪

新年度より就業規則が改定となり、在宅勤務は週二日までに制限されました。コロナ禍において導入された在宅勤務。社員の間では評判が良かったはずなのですが、会社が気に食わなければ、社員にとってどんなに良い制度も取り上げられてしまうのだと分かりました。

リモートワークをきっかけに通勤の便の悪い地に転居した社員や在宅勤務を前提とした家事・育児の分担をしてきた社員は少なくありません。彼ら・彼女らにとっては、在宅勤務の制限は労働条件の改悪です。

“働き方改悪”の結果は、別のところですでに見え始めていました。在宅勤務制度と併せてフリーアドレス化を進めていた職場。当初、“実証試験的に”導入したはずのフリーアドレスは、検証に時間をかけることなくなし崩し的に本格導入されましたが、在宅勤務日数が制限されたことで、執務室の人口密度が俄かに高まりました。

コロナ禍の最中のような三密を避ける必要はなくなったとしても、パーソナルスペースを十分に確保できない職場では、普通の会話の音もキーボードを叩く音も集中力を殺ぐ雑音になります。労働環境としては最悪です。

新年度最初の一週間、私はそのうちの三日出社しましたが、かなりのストレスを感じました。仕事以外で気が重くなることなどありませんでしたが、これから先、平日の半分以上をあの場所で過ごすことを考えると憂鬱になります。

このことで、在宅で仕事をする有難みを一層強く感じました。自室にこもっての勤務は、心静かに仕事に集中できます。たまに聞こえてくるのは鳥のさえずりくらいのものです。

出社するのが煩わしいと思うようになった私が、定年までの約四年間を我慢できるのか、あまり自信がありません。