和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

不安解消のための目標

一貫性の無い慎重派

歳を重ねるに伴って様々な体験を通じて学んだ教訓が蓄積されます。もちろん、それはロールプレイングゲームの経験値のように定量化出来るものではありませんが、教訓のカードが多ければ、そこから先の未来に待ち受けているトラブルを未然に回避出来る可能性は高まります。

 

反対に、経験を積み過ぎた結果、過去の教訓が邪魔をしてせっかくのチャンスを逃してしまうこともあるので、経験の多少が行く末を決めることになるとは限らないのも悩ましいところです。

 

私の拙い経験から得られた教訓の使い道は、ほとんどが予防的なものに限られます。思うに、私自身、成功体験と言えるものが乏しく、“勝利の方程式”のようなものを持ち得ていないからなのでしょう。

 

たとえ、過去に上手くいった経験があっても、今回も同じ手が通用すると言えるほどの自信、あるいは確信が持てません。とは言え、それでは新しいことに踏み出すことは出来ないので、最後は失敗を覚悟して飛び込んでしまう – それが過去の私でした。度胸が良いのか悪いのか、いずれにしても、昔の私は行動に一貫性がありませんでした。

 

ブレーキとアクセル

私は、それでも自分をどちらかと言うと慎重派だと認識していたのですが、それ以上に慎重な、悪い言い方をすれば悲観的な性格の持ち主が妻でした。

 

私は最初、妻のことを似た者同士だと思っていました。金銭感覚や価値観が近かったことは、結婚を考える理由のひとつであって、それは決して間違いではありませんでした。

 

しかし、実際に一緒に暮らし始めて見ると、彼女の「超」がつくほどの慎重な性格とそれに裏打ちされた行動に、私は太刀打ちできないことを知りました。

 

「なんとかなる」は、彼女にとっては気休めの言葉にすらならず、常に安全確実な筋道を見つけることに拘りました。そのお陰で私はこれまで彼女に家計を任せて来れたので、それ自体に文句はありませんが、慣れるまでには話し合いと理解のための時間が必要でした。

 

妻の、殊お金に関しての超慎重な姿勢の源泉は、私も分かっていません。彼女や彼女の両親、姉兄も多くは語りませんでしたが、妻の言葉の端々からは、彼女の親がかつて投資で失敗して辛酸を舐めた時期があったことを感じさせられることがありました。

 

その点、私も、親が原野商法に引っかかるなど、欲が裏目に出て痛い思いをしている姿を見て来たわけで、そんな親の姿を反面教師にしているところは – もし、妻の親が本当に資産運用に失敗していたのだとしたら - 妻と共通しているのでしょう。

 

それにしても、新婚当時の妻の“貯蓄宣言”とそれを貫き通す姿勢は全く揺るぎません。もっとも、当時は銀行の定期預金の利率は今とは比べ物にならず、十年で元本がほぼ倍になったのですから、私としてもリスクを取って運用する必要性をあまり感じませんでした。

 

問題は、預けられるお金が手元にほとんど無かったことです。会社の互助会への結婚資金の返済や奨学金の繰上返済 – 妻は、まず負債をゼロにすることを最優先にしていて、それは間違いではありませんでしたが、ようやく家計の負債が完済されたころには銀行金利は低空飛行に入っていて、銀行預金のメリットは無くなっていました。ほぼノーリスクで、毎年5%も6%も利息がつく金融商品は、たぶん私が生きている間にお目にかかれることはほぼ無いでしょう。

 

それでも妻は変わりませんでした。ほぼゼロ金利になった後でも毎月一定額の定期預金への預け入れは欠かさず、それ以外は会社の財形貯蓄だけのとてもシンプルな資産運用はまだ続いています。例外的に一時期、投資信託をしていたことがありましたが、それは私が五十歳となったことを期に止めました。

 

不安解消のための目標

妻と一緒に暮らしてきて三十年経ちますが、私たちの生活のレベル感はずっと変わっていません。もちろん、夫婦二人だけの時と子どもが生まれてからの出て行くお金の額は全く違いますが、お金に対する夫婦の価値観は肌感覚としては変わっていない気がします。

 

これは、超慎重な妻のお陰であることは言うまでもありませんが、新婚当初に作った我が家のキャッシュフロー表に因るところが大きいと思います。

 

三十年前に想定していた収入の上昇カーブは私たちの期待を上回ることは一度もありませんでした。毎年のキャッシュフロー表の見直しでは、収入の部の将来予測はほとんど“下方修正”でした。

 

だからと言って、私は自分たちの行く末を悲観的に捉えたことはありませんでした。一介の会社員が退職までに稼げる収入には限りがあります。それが目減りすることが予想される中でも、どうしても必要な、あるいはどうしても達成したいことがあります。教育資金、住宅資金、老後資金、それぞれのライフイベントのために、いつまでにどの程度のお金が必要なのか、目標額と時期が分かれば、そのための貯蓄プランも見えてきます。

 

お金は足りなければ不安になりますが、自分に必要なお金の額が分からなければ、貯蓄や運用に励んでも不安は解消されないと思います。お金はいくらあっても邪魔にはなりませんが、使えるのは生きている間だけなのですから。