和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

管理と監督

起きるはずだった問題

在宅勤務制度が導入されて三度目の夏になりました。

 

この制度は、新型コロナの蔓延を奇貨として労働組合が会社に働きかけたことによって実現したもので、当初、会社は状況が改善されれば廃止する「暫定的な制度」のつもりでした。

 

元々、在宅勤務は、働き方の多様化に対応するためにかなり前から組合が会社と協議して来たものの、社員の勤怠管理の問題やチームワークへの支障など様々な理由を挙げて棚上げとなっていた課題でした。

 

ところが、在宅勤務を始めてみると、社員からの評判はすこぶる良いものでした。それもそのはずです。通勤時間が無くなった分、自分や家族のための時間が増え、家事と仕事の両立も楽になりました。無駄な長時間の会議が減りました。反面、会社が心配していた“業務への支障”はいつまで経っても起こりませんでした。

 

在宅勤務によって業務に支障が出るのか、社員のパフォーマンスが低下するのか。在宅勤務の日数と仕事の出来映えに相関関係があるのか。それを定量的に表すことは出来ません。そのため、会社は、“業務上問題あり”と言い切れないのです。起きるはずだった問題はそもそも存在しないもの、あるいは、在宅勤務制度を導入させないための方便だったのかと思われても仕方ありません。

 

サボる生き物

会社の規程では、在宅勤務日数の上限は、新型コロナの感染状況を見ながら社内の対策本部が決めるとする一方で、上限日数は“原則”であり、社員それぞれの事情が考慮されることとなっています。

 

小さい子どものいる社員や、介護が必要な家族を持つ社員、慢性疾患のある社員などは、在宅勤務メインで仕事をしています。私もそのひとりですが、家族のケアが必要な社員にとって、在宅勤務は仕事との両立と言う点で理想的な働き方です。また、特段の事情が無い社員からも在宅勤務日数の制限撤廃や完全在宅勤務への移行を希望する声が出始めました。

 

そのような社員の希望と逆行するように、新規感染者数が減少傾向に転じた先月初旬、人事部は“原則出社”に向けて動きました。“在宅勤務による緊張感の欠如、従業員の間での不公平感の助長”などいくつか理由を上げていましたが、どれも的外れです。

 

私はこれまで何度も人事部と似たような議論をしてきましたが、人事部や経営陣は、社員はサボる生き物だと考えている節があります。会社の目が届くところに社員を置いて仕事をさせなければならないと言うのが出社至上主義を正当化するための理由みたいですが、会社に顔を出している中にもサボる社員はいます。それは、上司の監督云々よりも、部下に活躍の場を与えられているか否かの問題であって、在宅勤務が社員の怠慢を助長すると考えるのはあまりにも短絡過ぎると感じています。

 

そもそも、人事部は、組織を活性化させるために、各部署に対して可能な範囲で上司から部下に権限を委譲するよう促しているのです。他所の部署の指揮命令系統に関することにまで人事部が口を挟むのは疑問ですが、それはさておき、権限を委譲するからには、「結果が全て、やり方は任せる」としても良いはずです。部下が言われたとおりに仕事をするのを監督するため – それが原則出社復活の理由のひとつだと聞かされた社員の中には、自分は信用されていないのだと不快に感じた者もいたはずです。上司の目の届くところにいないと仕事をしないと言われているようなものです。

 

事実、私の部の中には、意地になって毎日出社している者もいるのですから、たとえ出任せだとしてももう少しまともな理由を考えて欲しいところでした。

 

管理と監督

社員は目を離せばサボるもの – 人事部はそちらの方に意識が行っているようです。一日約八時間の就業時間中、社員を如何に拘束するか、仕事に向かわせるか、そのための方策を考えることしか頭に無いのであれば、それは少し違うのではないかと思ってしまいます。

 

私はむしろ、在宅勤務による仕事場とプライベートの場の共有がもたらす問題こそが、真剣に取り組む課題では無いかと考えます。

 

サボる人間がいるならば、仕事とプライベートの切り替えが出来ない人間もいるのです。出社勤務の時には各自のパソコンのサインインとアウトで勤務時間が管理されていましたが、在宅勤務では、勤務開始と終了は各自がチャットで上司に報告することとなっています。

 

しかし、これは自己申告であって、上司が部下の様子を直接確認出来る仕組みではありません。これについても、会社は、「勤務を開始した」と言っておきながら、仕事をサボる社員がいるはずだと疑ってかかるのですが、逆の見方をすると、「勤務を終了した」と言いながら、仕事をし続けてしまう社員もいるはずなのです。

 

ワーカホリックと言う言葉は死語になってしまったのかもしれませんが、時間が過ぎるのを忘れて仕事に没頭してしまう社員は今でもいます。あるいは、業務経験が浅く、段取りが悪いために上司に知られないようにこっそりと残業している社員もいるでしょう。

 

在宅勤務で、“上司の目が行き届かない”弊害は、サボっている社員を見逃すことでは無く、オーバーフローしている社員に気づかずに壊してしまうことではないかと思っています。貴重な人材の能力を最大限に引き出すのが会社の務めなのだとすれば、社員の業務監督と同等、あるいはそれ以上に健康管理にも配慮してもらいたいと思っています。