和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

切り売りする時間の意義

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早いセミリタイア

最初の海外駐在の時、住んでいた家のお隣さんは私たちと同年代のご夫婦でした。お子さんは女の子ひとり。プレスクールに通っていると言っていたので2歳か3歳だったのでしょう。

 

妻が妊娠7か月の頃に赴任し、その年末に現地で長女を出産しましたが、お隣のご夫婦にはベビー服を譲ってもらったり、家に招かれて夕食をご馳走になったりと大変お世話になりました。

 

お隣のご主人は専業主夫でした。夕食のお誘いの時もキッチンに立つのはご主人で、庭の手入れや買い物もいつもご主人がやっていたようです。奥様は、週に1日か2日、ホームスクールの子供を家に呼んで勉強を教えていました。

 

初めて食事を共にした時にご主人から聞いた話では、お子さんの誕生を機にそれまで勤めていた会計事務所を退職したとのこと。私は育児休業の間違いかと聞き直したところ、家族との時間を楽しむために仕事を辞めたのだと言いました。仕事はやりがいがあったものの、毎日帰宅が遅く、休日も仕事に追われていたようで、これでは子育てに参加出来ないと思い退職を決断したのだそうです。

 

なかなか思い切った決断だと思ったのと同時に、私の頭の中では、「生活費はどうしているのか」と聞きたい衝動に駆られましたがその質問は飲み込みました。

 

当時からそのような言葉があったのかは定かではありませんが、ご夫婦は今で言うところのFIRE(Finance Independence, Retirement Early)を実現していたのでしょう。

私は、自分と同年代のご夫婦がすでにセミリタイア生活を楽しんでいることへの羨望よりも、家族第一主義の生き方に共感を覚えました。“共感を覚えた”と言いながら、その後しばらくの間私は仕事中心の生活を送ってきたわけで、頭の中で思っているだけで希望が叶うものではありません。

 

会社依存の終わり

駐在から帰国後のことですが、私はしばらく仕事を干されていた時期がありました。

 

それまでにも何度か会社を辞めたいと思ったことがありましたが、家族を養う身としては、今と違って転職は無謀な選択にしか思えませんでした。貯蓄はわずか、私の奨学金の返済も残っていました。一時の考えで路頭に迷うことになっては取り返しがつきません。

 

収入を得る手段を会社に頼っている限り、自分にとって不本意な状況でも甘んじて受け入れるしかない – そんな諦めが半分。リスクを取ってでも現状を打破したいと言う向こう見ずな考えが半分。そんな悩みを抱えている時期がありました。

 

私が妻に“もし会社を辞めたら”と言う話をした時、それが冗談で言っているのではないと分かったのでしょう。彼女は口に出して反対こそしませんでしたが、「私や子どもたちを不安にさせないで」とだけ言いました。

 

その後私は病気休職や異動、そして二度目の海外駐在と、結局は会社に居続けることとなったのですが、その間会社を辞めたい気持ちを封印し続けてきました。妻の言葉が歯止めになっていたのは間違いありません。

 

もし、あの時、妻が私の背中を押してくれていたら – と考えたこともありましたが、今は会社を辞めずにいて正解だったと思っています。それは、今の会社の良さが分かったからなどと言うことでは無く、準備不足のまま軽率に行動に出なかったのを“正解”だったと思っていると言うことです。

 

仕事が嫌になった、人間関係に疲れた ‐ 会社を辞めたい理由はいくらでも挙げることが出来ます。単に会社を辞めるだけならそれでもいいのでしょう。しかし、転職となれば、新たな目標が必要です。それを曖昧にしたまま会社を飛び出したとしたら、きっと後悔したでしょう。そういう肝心なことに無頓着だった私を、直接的では無いにしても止めてくれた妻の言葉には感謝しています。

 

他方、あの時の私の言葉は妻に余計な心配を与え続けていたことが後になって分かりました。

 

40代半ば、海外駐在中の私に帰任の内示があった頃でしたが、住宅資金と子供たちの教育資金の目標額を達成することが出来ました。老後の資金はまだ目標には届いていませんでしたが、私としては必要資金の目途が立ち、少しだけ肩の荷が下りた気がしていました。

 

私はそんな気持ちを顔には出さなかったつもりでしたが、妻は私に、辞めたかったらいつでも会社を辞めて良いと言いました。妻はあれからずっと、私がまたいつ会社を辞めたいと言い出すか気がかりで仕方なかったと打ち明けました。

 

時間の切り売り

辞めたければいつでも辞められる – それが許されるようになると、私の中から会社を辞めたいと言う焦りのようなものは消えて無くなりました。生活と将来の目標のために会社に依存しなければならない状況が解消され、私は仕事に対する本当の意味でのモチベーションを探し始めたのだと思います。

 

会社で働くにしても自分や家族のために使うにしても、それは自分の時間を切り売りになりますが、その時間に意義を見いだせれば、目の前にある同じ風景も一変して見えるようになるのだと思いました。若い時の私はそれに気がつかなかったのです。

 

今は妻の闘病や自分自身の健康のこともあり、仕事に対しての向き合い方は変わりました。私は自分の時間にまた別の意義を見出そうとしているところです。