和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

危機感と面子と (2)

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ご褒美としての留学

かつて私の勤め先では、若手・中堅社員を海外の大学に留学させてMBAの取得や専門分野の修士・博士課程を履修させるプログラムがありました。もっとも“枠”が決まっているため、手を挙げれば誰でも留学出来るわけではありません。プログラムの応募にはTOEFLの成績や小論文などの予備選考はありましたが、それよりも上司の推薦状が物を言いました。結局は、潜在的な学力よりも上からの覚えの良し悪し次第だったので、選考から漏れた者としては不満が募ります。

 

社費で留学できることは、若くて向上心のある社員にとっては魅力的だったのでしょうが、上の人間の中には、それを“エサ”と考える者が少なからず存在しました。留学をエサに同じ部内の若手社員を競わせたり、気に入らない部下には推薦状を書かなかったりと、社員育成の本来の趣旨とは違う利用のされ方も散見されました。

 

留学を終えた社員は、職場復帰後の配属でも優遇される傾向がありましたが、果たして留学経験者が増えたことが組織の底力を上げる効果につながったかは分かりません。そして、その効果が表れる前に制度は廃止になってしまいました。

 

と言うのも、留学後に転職してしまう者が出始めたからです。社費で育て上げた社員が流出してしまうのでは、育成プログラムは成り立ちません。

 

海外留学制度の廃止に対して、若手・中堅社員から不満が上がりました。入社の際に同制度が使えることを期待していた者もいたからです。

 

そのような不満に対し、人事部は無給休職での私費留学を認めることにしました。しかし、当初は応募する者はいませんでした。現地での生活費を用意しなければならないことと、留学中の収入がゼロになってしまうことは、とりわけ若い社員にとっては高いハードルでした。

 

意欲は止められず

無給休職での留学と言う制度が忘れ去られてだいぶ経った後、その制度を使う若手社員がちらほらと出始めました。そして彼ら・彼女らの中で、転職に成功した者は会社を去り、運悪く行く当てが見つからなかった者は職場に戻ってきました。無給休職は体の良い“保険”として使われるようになったのです。

 

そして数年前に、会社は留学目的の無給休職そのものを廃止してしまいました。それでも、自らのキャリアアップを真剣に考える社員の中には、退職願いを出してでも留学を希望する者がいます。結局、会社が行なっていた中途半端な妥協は、何の役にも立たなかったわけです。

 

会社を飛び出して外の世界を知った社員が、会社に戻る以外の道を選んだのは何故なのか。それを省みずに、社員を囲い込むことや縛りつけることに汲々として、彼ら・彼女らの思いを知ろうとしなかった結果が、人材流出につながっているのですが、人事部としては、対処療法的な制度改悪でやり過ごそうとしました。

 

社命による留学であれば、外で学んだことをどのような形で会社の将来に役立ててもらいたいのか、先の見通しを示すのが会社の役目のはずなのですが、目をかけている部下の箔付けや報償として留学制度を利用してきた上の人間が間違いだったのです。

 

留学で見分を広めた同年齢の仲間を見て、羨望とは違う焦りを感じた社員もいたのではないかと想像します。その後、私費留学を経て会社を去った社員に続いて行った者たちは、キャリアアップに資すると感じられない業務と引き換えの安定した環境よりも、リスクを承知でキャリアの立て直しを選んだのだと思います。

 

そのような若い世代の自発的な向上心や意欲は、留学をご褒美としか捉えられなかった上の人間には俄かに理解出来なかったのでしょう。

 

もし、会社が将来の事業に対する明確なビジョンを示すことが出来、若い者の胸が躍るような絵を描くことが出来たなら、社費だろうと私費だろうと関係無く、留学してひと回り大きくなった社員は会社に戻ってきてくれるはずです。

 

出口は塞げず

先日、海外駐在から戻ってきた私の元部下は、今年一杯で会社を辞めると言いました。彼女は、4年前に私の部署から別の部署へ異動後に、留学のための休職を会社に申し出たところ、当時の上司と人事部は、彼女に対して海外の連絡事務所への駐在を命じました。

 

当時、彼女は悩んだものの会社の命令に従いました。そして、今回改めて留学の希望を会社に出したのでした。すでに、留学のための休職制度は廃されていますが、彼女は人事部に、留学後に引き続き会社で仕事をする誓約書を差し出すと“妥協”したにも拘わらず希望を叶えてもらえませんでした。それが彼女の退職、そして留学の決め手になったのは、何とも皮肉なことです。会社に戻ってくることを約束してくれる社員まで失ってしまうのですから。

 

何故、会社は有能な人間を簡単に手放してしまうのか。育成プログラムが仇となって若手社員の流出を招いたのは、有望な社員を引き留めるだけの魅力が会社に無かっただけなのです。

 

人材流出に対する危機感よりも、面目や面子を保つことに重きを置いた結果が今の深刻な事態を招いていることに会社は気がつかなかったのです。

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