和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

介護と仕事の折り合い

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介護への理解

管理職から外され、また、介護休業で仕事から離れたことにより、私の肩の重荷は二段階で軽くなりました。今月初めから仕事に復帰しましたが、在宅勤務のため、仕事の拘束時間はあるものの、その前後は家事に費やす時間を確保できるので、生活のペースを大きく乱されることはありません。

 

思うに、昨夏以来、妻の闘病生活に寄り添うことが出来たのも在宅勤務のお陰でした。“たられば”の話に意味の無いことは承知していますが、もし、コロナ禍が起きずに、以前のように通勤電車に揺られる生活を送っていたなら、私はこれほどまで妻の介護と家事に専念することは出来なかったことでしょう。あるいは、仕事と介護の両立など早々に破綻していたかもしれません。

 

介護休業制度の規定日数は90日あまり。家族が大病を患った時、3か月の介護休業では心許ないと言うのが私の率直な感想です。家族の介護と仕事。実際に自分の身に降りかからなければ、その大変さは分からないものです。

 

また、私の場合、介護休業に対する上司の理解を得ることも簡単なことではありませんでした。妻の発病以前に、私は部員に対して有給休暇取得を促してきました。仕事が忙しい、人手が足りない。そんな会社の事情は皆知っています。部内でもお互いにお互いの目を気にして休みを取りづらい環境になっていたのです。

 

私が海外駐在から本社に戻り、部長となった翌年、部員には1年間の休暇予定を立てさせ、可能な限り有給休暇を消化させるようにしました。また、上の人間が休みを取らないと下の人間が休みを取りづらいと言うのも日本の会社です。私を始め幹部社員は、率先して有給休暇を消化するように努めました。

 

部下の業務を軽減するために私や課長は残業や休日出勤で対応しました。有給休暇を積極的に消化する傍ら、公休日に仕事をするのは本末転倒であることは承知していましたが、そこは仕事の棚卸や見直しで何とか対応しようと考えてたのです。

 

その矢先に妻の病気が見つかりました。仕掛中の仕事を放り出すことに戸惑いはありましたが、そこは前広に準備をすることで、支障さ最小限に留められると思いました。直属の部下である2名の課長は、私の置かれている状況に理解を示してくれたと思っています。しかし、当時の私の上司は、私の話を責任逃れと取りました。

 

上司との話し合いは平行線のまま時間だけが過ぎて行きました。それを嫌った私は、人事部との話を進め、半ば強引に介護休業を会社に認めさせました。

 

そのような経緯もあって、休業前までは私の中には周囲の人間全員を説得しきれなかったモヤモヤした気持ちが残りました。自分の置かれている状況に同情して欲しいと言っているわけではありませんでした。ただ、従業員の後ろには、彼ら・彼女らを支えてくれている家族がいること、その家族が助けを求めている時に従業員が気持ち良く家族の元に駆け付けられるような、そんな周囲の理解が、 - 休業制度以前に - 必要なのだと感じました。

 

家族のケアと仕事

介護休業中、私は会社の人間から相談を持ち掛けられました。相談してきたのは私よりも一回りも下の後輩。私が介護休業中であることは、人事部と所属部限りにしていたのですが、私の部の人間から話が漏れたようでした。情報管理の甘い会社であることは今も昔も変わりません。

 

それはさておき、この手の話は自分の上司と人事部に相談すべきものです。それにも拘わらず、今まで言葉を交わしたことさえない私に相談を持ち掛けてくるとは、相談主の悩みは余程のことなのかと思い、話をしてみることにしました。

 

私は当初、相談主の家族が、私の妻と同じくがん患者なのか、あるいは病気は別でも介護生活で苦労しているのか、などと想像を巡らしました。ところが、話の内容に私は拍子抜けしてしまいました。

 

彼の関心は、介護休業を申し出ることが昇進に影響するか否かと言うことでした。人事発令は社員であれば社内イントラネットで誰でも知ることが出来ます。他人の異動に関心を寄せる社員が多いのはどこの会社でも同じだと思います。ましてや、それほど例の無い降格人事ともなると、いろいろな噂が社内を飛び交うことも想像に難くありません。

 

詮索好きな社員は、あること無いことを吹聴して回ったことでしょう。私と上司の折り合いが悪いのは公然の事実であり、“だから更迭された”と思う節もあるのでしょう。あるいは、その後、私が介護休業に入っていることを知って、休業はキャリアにとって不利に働くと思い込んだ者がいても不思議ではありません。

 

他人が自分をどう見ているか。全く気にならないと言っては嘘になってしまいますが、私は他人の目を気にしないようにしています。かつて干された時にも、根も葉もない話が社内に広がって、この上なく不快な経験をしました。その手の話の裏事情をいちいち説明して回ることなど出来ないわけですから、放置する以外対処の仕様が無いのです。

 

さて、相談主には事情を詳らかに説明しましたが、それを聞いてほっとした表情を浮かべた彼に、私は情けなさと怒りが混ざった不快感を覚えました。

 

彼の場合、脳梗塞で半身不随となった母親の面倒を誰が見るかと言う問題を抱えていました。間もなく退院となる母親を自宅で介護するのは齢八十近くの老父でした。そこで父親は一人息子で独身の相談者に助けを求めてきたのだそうです。

 

親からのSOSと自分の出世。端から比べる対象では無いものを比べ、昇進に影響が無いことを確認できたら休業しようと言う考えを相談者が持っているのだとしたら・・・。年老いた両親の立場を思うと、なんだか身につまされてしまう話でした。

 

もっとも、家族のために仕事を休むことに無理解な社員がまだ多く存在することも問題なのだと思います。私の場合は配偶者の介護のための休業でしたが、高齢となった親の介護は今後深刻化する問題でしょうし、男性社員の育児参加の促進の点からは育休制度の拡充も喫緊の課題でしょう。

 

家族のケアと仕事の両立は、当事者だけの問題では無く、会社側の問題でもあります。社員が家族の介護や育児を行ないやすいよう会社がバックアップすることは、貴重な人材の流出を防ぐためには不可欠なのです。