子どもの嘘と大人の嘘

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嘘の雪玉

私たちは、物心がつく頃から嘘を吐いてはいけないと繰り返し教え込まれてきました。しかし、ほとんどの人はいけないことなのだと知りながら、それでも嘘を吐いてしまいます。

 

子どもの頃の私は酷いもので、毎日のように嘘を吐いていました。宿題を忘れた理由、学校をサボった理由、親との約束を破った理由。その場をやり過ごすことしか考えていないので、話している自分もどこまで本当で、どこからが嘘か分からなくなってしまうことがありました。

 

小学五年の時のことです。担任は女性のA先生。大学を出て初めての受け持ちが私たちだったこともあり、年の離れた姉と弟妹たちのような感じのクラスでした。

 

今の学校では決して許されないのでしょうが、当時の小学校では、宿題を忘れれば、廊下に立たされたり、先生から頭にゲンコツを食らったりしたものでした。ところが、A先生は生徒たちに手を上げたり、声を荒げたりすることはありませんでした。

 

私の嘘吐きの癖はこの頃も直っておらず、先生からは宿題を忘れたりする度に注意されていました。そして、ある時、私は放課後に職員室に呼び出されました。

 

先生は、前年の担任から、私が平気で噓を吐く生徒だと聞かされていたこと、いつか私の嘘を吐く癖が治ると思って見守ってきたものの、一向にその気配が無いため、一度じっくりと話をしたいと思っていたと言いました。これまでの担任の先生とは違い、A先生は一度も私を叱りつけるがありませんでした。そのA先生から私と話がしたいと言われ、私は自分の嘘に初めて後ろめたさを感じました。

 

最初はドキドキしながら吐いた嘘でも、何度もそれを繰り返していると、平気で嘘を吐けるようになる。悪いことだと感じなくなる。心が悪いことを感じなくなれば、人を騙したり、傷つけたりすることさえ平気で行う人間になる。自分のクラスからはそんな人間を出したくない。

 

A先生はそのようなことを私に伝えました。目を赤くしながら話す先生の姿を見て、私は、真面目に心を入れ替えなければと、子供心ながらそう思いました。

 

たしかに、罪悪感を覚える行為でも日々の積み重ねで心が慣らされてしまうと、悪事に対する感覚の麻痺は、坂道を転がる雪玉のように膨らみ続けて止められなくなるのかもしれません。私にとっては担任の先生が歯止めとなってくれたおかげで、自分を省みる機会を得ることが出来たのです。

 

 

大人の嘘

大人になって、自己保身のための嘘を吐くことは無くなりましたが、“大人の事情”で、心にも無いことを言わざるを得ない場合が私にもありました。言い訳になってしまいますが、生きて行く上の方便として、人を傷つけない範囲での嘘は許容すべきではないか。もっと言えば、人を傷つけないための嘘は許されるのではないかと思うのです。

 

しかし、人を傷つけないために吐いた嘘で、より深い傷を誰かに負わせてしまうこともあります。

 

私たち夫婦がまだ二人暮らしだった頃、社宅の下の階に住むBさんご夫婦と親しくさせてもらっていました。Bさんは私より6年先輩でした。当時妻は求職中で、社宅で過ごす時間も多く、専業主婦だったBさんの奥さんとはお互いに行き来する仲でした。

 

ある日帰宅すると、妻が思い詰めた顔をして私を待っていました。その日の昼間、Bさんの奥さんが近所のスーパーで万引きをしたのだと言います。スーパーからの電話では、旦那さんは出張中、近くに身寄りも無く、奥さんから妻に連絡するように言われたようでした。

 

妻からその話を聞いた私は首をかしげました。Bさんとはその日会社で顔を合わせており、出張で不在などと言うことは無かったはず。妻は、万引きの一件をBさんに話すべきか私に相談してきました。聞けば、件のスーパーでは、出入り禁止となったものの、万引きは“初めて”で、警察に通報されずに済んだとのこと。そうであれば、そっとしておいてあげた方が良いのではないかと私は思いました。

 

そう話す私に、妻はしばらく躊躇している様子でしたが、やっとのことで口を開きました。実は初めてではないのだと。先月も別の店でBさんの奥さんは万引きをして取り押さえられ、その時も旦那さんが出張中と言う理由で、私の妻が呼び出されたのでした。

 

私の頭に、Bさんの奥さんは万引きの常習犯ではないのかと疑念が浮かびました。しかし、警察沙汰にもなっておらず、わざわざ事を荒立てるような真似はしたくなかったので、Bさんの耳にはこの話は入れないことにしたのでした。

 

妻は思っていることが顔に出るタイプでしたので、それ以来、Bさんの奥さんとの行き来は無くなってしまいました。しばらくして、会社でBさんと顔を合わせた時に、Bさんから奥さん同士の行き来が無くなったことに触れ、何かあったのか尋ねられました。私は嘘を吐きました。それが、誰も傷つけない最善の選択だと考えたからです。

 

ところが、その後、Bさんの奥さんは窃盗の現行犯で逮捕されてしまいました。社宅内での噂はあっという間に広がります。そして、噂には尾ひれがつきます。ある家で無くなった貴重品も、社宅の管理費の集金額が足りなくなったことも、Bさんの奥さんに疑いの目が向けられました。Bさん夫婦はひっそりと転居していき、Bさんは数か月後に会社を辞めました。

 

如何なる理由があっても窃盗は許されるものではありませんが、決してお金に困っているわけでも無いのに、万引きに手を染めてしまったのは、奥さんが抑え切れない大きなストレスを抱えていたのではないかと思っています。もし、私たち夫婦が、仮に嫌われることになったとしても、Bさんに正直に事実を伝えていたなら、奥さんの万引きを止め、逮捕されることを避けられたかもしれません。

 

私たちは、良かれと思って口を閉ざし、Bさんにも嘘を吐いてしまいました。その結果は、子どもの嘘とは比べられないほど後味の悪いものになってしまいました。