和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

見える恥、見えない恥 (2) - 追記あり -

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自分の恥を認めたくない心

誰でも人前で恥はかきたくないものです。大勢の人の前で自分の失敗を嘲笑されたり、叱責されたりすれば、辱めを受けたと感じない人はいないでしょう。部下への注意も、上司への諫言も、人目のつかない場所を選ばなければならないのは、部下や上司に改めてもらいたいことを伝えることが目的であり、恥をかかせることは相手のプライドを大きく傷つけることになるからです。

 

自分が恥をかかされたと思ってしまうと、こちらの伝えたことがどんなに理に適っているものであっても、相手は素直に受け止めてくれなくなる可能性があります。それどころか、いつか仕返しをしてやろうと、こちらに対して敵意を抱くことにもなりかねません。敵意を向けてくる相手とは円滑な仕事など望めません。

 

学生の頃はあまり感じなかった面子やプライド。会社で働くようになってから、私は、社内での評価に異様なまでに神経質な人たちをたくさん見てきました。そのような人たちは、仕事で結果を出すことと同じくらいに、もしくはそれ以上に失敗することを恐れます。それは、会社の評価システムが減点主義に基づいているからです。

 

しかし、中には、仕事での失敗では無く、恥をかくこと自体を何としてでも避けようとする者がいます。私が見る限り、どの世代でも、失敗経験が少なくプライドが高い者ほどその傾向は高いようです。それが度を超すと、自分に非があっても謝れない、挙句の果てには、失敗の原因を他者に転嫁したりするようになってしまいます。

 

面目を守るのに必死な人

私の勤め先の役員の話ですが、私がある関連会社の総務・経理の担当をしていた頃、その会社の黒字化が必達目標として掲げられました。会社設立時の計画では、創立6年目に黒字転換する予定になっていました。私はちょうどそのタイミングで異動してきたのですが、財務諸表を見てみると、会社設立時に取得した権益の対価が法外なものであったため、黒字化どころか減損するかしないかの瀬戸際でした。

 

件の役員はその関連会社の設立から携わり、今や経営の責任を負う立場にいます。これまで、本社の取締役会では、早期の黒字化達成を宣言してきたようですが、どう見ても目標達成は無理でした。

 

私は前任者からの引継ぎで、この会社が本社に利益貢献するようなものでは無く、逆に、早急に事業終結を見極める必要がある代物だと言うことを聞かされていました。部長以下の社員もそのことは承知しているものの、担当役員だけは事態を認めたがらない様子。前任者曰く、現況説明をしても、役員からは、「知恵を絞れ」、「頭を使え」と決まり文句しか言われないとのことでした。

 

私は、一担当者として、当時の部長や課長、そして、担当の役員に対して、黒字転換どころか数年内に債務超過の可能性もあることを正直に説明しました。私は会計の専門では無いので、経理部にも財務諸表を確認してもらった上での話です。最早知恵を絞れば数字が良くなるような状況では無かったのです。

 

その時に当の役員が放った言葉は、「俺に社長や会長の前で恥をかかせるつもりか」と言うものでした。自分が担当している関連会社の財務状況を的確に把握していないばかりか、経営陣の中での自分のプレゼンスや会長・社長からの覚えしか頭に無いような口ぶりでした。そして、「知恵を絞って黒字化しろ」、「必達目標だ」と喚くばかりでした。

 

当時私は、何の責任も無い一担当者でしたが、部長や課長は頭を抱えていました。そして、自分たちが役員から無能呼ばわりされたくないためか、担当者である私に「何とかしろ」と命じるのでした。事業の見極めを真剣に考える者はおらず、役員に恥をかかせないための、そして、自分たちが恥をかかないための逃げ道を探すことが仕事になってしまっていました。

 

私は、直属の上司だった課長に、会長・社長に状況を説明して素直に謝ってはどうかと尋ねました。私は、小さな会社の黒字化のための粉飾決算に加担するつもりなどありませんでした。むしろ、不採算の事業に見切りをつけ、リソースを新規事業の開拓に振り替えた方が余程会社のためになるのです。そのことに異を唱える者はいないはずです。

 

課長は、私の考えは正論だと認めた上で、役員、とりわけ天下りの役員は、頭を下げるのが苦手なのだと言いました。少し前のドラマのように、土下座を強いるわけではありません。自分の失敗を認めるだけの行為が面子を潰すことになるとは、偉い人の考えは良く分かりませんでした。

 

結局、決算期を迎えても奇跡は起こらず、会社の黒字化は達成できませんでした。知恵を絞り切れなかった私は、閑職へと異動になりました。当時、口の悪い同期などは、「クビになったんだって?」と私を揶揄ってきたこともありましたが、それに対して私は恥じ入る気持ちはありませんでした。むしろ、物事の道理よりも個人の面子を重んじる組織にささやかな失望を感じていました。(続く)

 

(追記)

記事中、「知恵を絞り切れなかった私は、閑職へと異動になりました。」とありますが、これは、私が上の指示どおりに動くことを拒んだため、扱いにくい部下として放逐されたと言うことで、黒字化未達の責任を取らされたものではありません。誤解を招く表現でした(ますをさん、ご指摘ありがとうございました)。