外向けの自分

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テンションを保つ難しさ

今月に入ってから、ずっと体調不良が続いていました。尾籠な話ではありますが、水分を排出できない状態 ‐ 排尿障害 ‐ が続き下半身に力が入らなくなってしまいました。いくつか病院を回り、尿路感染症前立腺肥大の疑いということで、とりあえず、抗生物質で炎症を抑えることとなり、この週末までにほぼ普段の状態まで快復することができました。

 

しかし、今回改めて感じたのは、自分が如何に外向けの自分を“演出”していたかと言うことでした。体調不良が始まった当初、酷い倦怠感に襲われました。モノを考えることも、考えながら話すことも、全て何かをするのが億劫になってしまったのです。風邪で熱が出た時でさえ、ここまでは酷くなかったと思います。

 

急な休みを取ったため、業務の引継ぎを部下にしていませんでした。ビデオ会議で仕事の進め方を打ち合わせするのですが、頭が回りません。それと、普段の自分らしく話すことができませんでした。話し方に抑揚をつけることができず、相手の話にうまく相槌を打ったり、反応したりできません。

 

結局ビデオ会議では、部下を不安がらせるだけで、引継ぎも要領を得ませんでした。その後私は、半日かけていくつかの病院を回ったのですが、お医者さんとどのような受け答えをしていたか、断片的な記憶しか残っていません。思うように自分の体と意識をコントロールできていなかったのでしょう。

 

薬のお陰で、発熱は2日ほどで収まりましたが、倦怠感が続きました。そこで気がついたのは、自分は普段、会社向けの自分を演じていると言うことでした。それもかなりの労力を使って、です。倦怠感が残っていても、家の中での家族とのやり取りは、普段のそれとほとんど変わりません。新聞を読んだり、ブログを書くことはそれほど抵抗が無かったのです。

 

ところが、会社の人間と話をしなければならないとなると、頭の中を“会社モード”にして臨まないと会話が成立しませんでした。今までは、あまり意識すること無く、仕事に取り掛かるための頭の切り替えを行っていましたが、数日前までは、意識しないと仕事に臨むテンションを保つことができませんでした。しかも、30分前後しか話をしていないのに、背中を汗が流れ、今まで感じたことの無いような疲労感を覚えるのでした。

 

演出されている自分

体調不良は年齢的なものもあるのでしょうが、ショックだったのは、会社向けの自分が実は自分のパーソナリティの一部では無く、無理やり作り出していたものだと実感したことでした。そのことを妻に話したとところ、体調不良の時は、仕事をする気力も殺がれるのだから仕方の無いことだと気を使った言い方をしてくれました。

 

しかし、全身が倦怠感に包まれ、何をするのも、考えるのも煩わしいと感じるようになっている中、家族とのやり取りはそれほど違和感無くできたのです。振り返って考えると、煩わしいと感じていたのは、会社のこと、仕事の段取りや、部下からの相談などでした。やらなければならないことだと頭では理解できていたのですが、それらを考えること、それ以前に頭に思い浮かべること自体を忌避しているような感覚でした。

 

以前書いた記事のように、自分の本心を探っていくと、もしかしたら、私は仕事が嫌いなのではないか、仕事に対する意欲などこれっぽっちも持ち合わせていないのではないか、と思うようになりました。

lambamirstan.hatenablog.com

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一方の私の理性の部分が、任された仕事は最後まで全うすべきと自分に忠告することによって何とか心の均衡が維持できていたのだと思います。

 

それが、今回の体調不良で、図らずも自分の本心を垣間見たというところです。それにしても、自分を演出することに、これほどまでのエネルギーを使っていたのだとすると、知らず知らずのうちに自分の体にストレスを与えていたことになります。

 

本当の自分らしさとは

私はまだ会社勤めをしているので、外面(そとづら)を気にしながら生きて行かざるを得ません。しかし、本当の自分とはどんな性格なのだろうかと考えると、周囲から“こう見られたい”という像とは完全にかけ離れている人間であることが分かってきました。

 

“分かってきました”と言うのは嘘です。最初から自分の性格など知り尽くしているのです。小さい時に病弱だった私は、小学校に上がる頃まで近所で友達と呼べる存在はいませんでした。家で本を読んだりテレビを見たりと、独りでいる時間が多かったためか、誰かと対話するよりも、自分の頭の中でいろいろなことを夢想することに楽しみを見出していたような気がします。

 

小学校に上がり、友人もできるようになりましたが、何となく自分で無理していることが分かっていました。友達と遊ぶよりも自分独りの時間の方が気が楽だと感じていました。これは中学、高校、大学と進んでも変わりません。友人との時間よりも自分の時間を大切にしたい。これが私の本心なのでした。

 

結婚した後はどうだったかと言うと、どこかで自分の時間を持ちたいと言う希望がありました。それが、週末の書店での立ち読みだったり、独りでの散歩だったり。自分の頭の中にある思考の池に身を沈める時間が必要でした。妻も、結婚後しばらくすると、私には独りの時間が必要だと言うことに気づいてくれたようです。

 

そんな性格の私が、会社で部下を指導したり、チームをリードしたりすることなど、心の奥底では望んではいないのです。その本心を理性が抑え込んでいるのです。

 

本当の自分らしさを大切にするには、演出された自分を取り除く以外無いと思っています。今の状態が自分の本意で無いのであれば、仕事を辞めるのも一つの選択なのだろうと考えているところです。