肩書とレッテル

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

歓喜と無念の季節

この季節、どこの会社でも人事異動の話で持ち切りとなります。自分の会社だけでなく、取引先の人の動きも耳に入ってきます。昇進に歓喜する人、降格や出向で意気消沈する人、まさに悲喜交々です。

 

先日、お世話になった取引先の方の送別会をしました。送別会と言っても二人だけの“差し飲み”です。また、このご時世ですので、お店は6人用の個室を予約して、テーブルに二人、対角線に座ってソーシャルディスタンス対策も万全の体制で臨みました。

 

今回の飲み会は、残念ながらお祝いの席ではありませんでした。相手の方は、関連会社への片道切符の出向。もう本社には戻ってこないと断言していました。私は勝手に「この人はそろそろ役員になるのでは?」と思っていたほど優秀な方でしたので、最初に異動の話を耳にした時はとても意外でした。

 

他所の会社の方、ましてや降格人事でもあるので、こちらから根掘り葉掘り聞き出すような野暮なことはしませんでしたが、杯を交わすにつれて、先方から無念の言葉がこぼれます。どこの会社でも言えることですが、出世は成果だけでは決まらないものです。派閥争いや、上役への取り入り方次第でどう転がるか分からないものなのです。

 

お荷物か参謀役か

若手や中堅社員は、“いい年をして”自分より若い上司に使われている社員は、仕事ができないからだと決めつける傾向があります。以前、私の部署で、「だからあの人は出世できないんですよ」と、特定の人を酒席で愚弄する者がいて、私が窘めたことがありました。

 

仕事をバリバリこなしていた人も、自分が干されたと知った途端に、仕事に対する意欲を失ってしまうことがあります。それが長引くと、なおさら重要な仕事から遠ざかり、閑職に転げ落ちて行ってしまうこともあります。

 

本人にとっても会社にとっても、能力を無駄にしている点でもったいないことに変わりありません。また、下の人間にとっても、周りがあくせく働いている中で、独り手持無沙汰な体でいる中年社員がいると、士気を殺がれることになります。結局、本人の失意がさらなる不遇を呼び、その悪循環で“会社のお荷物”と言うレッテルを貼られることになってしまうのです。

 

余程会社に不利益を与えることが無ければ、会社は社員をクビにすることは出来ません。その結果、業績に貢献しない社内失業者が量産されることとなります。そのような人々にとっては、会社人生はすでに終わったものになっています。退職まで、茫洋とした空間が目の前に広がっているような状態の中に身を置くこととなります。

 

他方、そのような人ばかりではありません。出世のチャンスは失ったとは言え、自分の得意分野を武器に若い上司の参謀役としてチームに貢献する人もいるのです。やり甲斐や役立てる分野を探し、自分の能力を発揮しようと努める人は、会社の中で別の生きる道を見出すことができるのです。

 

もし、昇進の道が絶たれた時、どちらを選んだ方が充実した日々を過ごせるでしょうか。仕事が全てでは無いにしても、会社勤めを続ける以上、その時間を無為に過ごしていては、人生の無駄使いになってしまいます。

 

人生はまだまだ続く

私もこれまで、仕事で干されたり拾われたりを繰り返して来ましたが、その経験から言えることは、どんなに仕事に励んでも、報われない時は報われないというものです。学校の試験と違い、会社の中での序列は極めて主観的な要素で決められます。もちろん、業績への貢献度は重要な評価対象ですが、それを高く評価するか否かは上が決めることです。

 

もし、自分が上司に気に入られ、その上司が順調に出世街道を進めば、自分も引っ張り上げられるチャンスがやって来ます。しかし、どんなに仕事で成果を上げても、派閥争いに巻き込まれて昇進の道が途絶えてしまうことだってあります。そう考えると、自分の昇進だけを目標に仕事に邁進することが、なんて空しいことかが分かってきます。

 

私の勤め先にも、昇進が遅れたり、出世する希望を失ったりして、仕事に対する意欲を無くしてしまった人が少なくないことは、先に書いたとおりです。酒を飲ますと恨み節しか聞こえてこない人もいます。そんな気持ちで残りの会社人生を続けるなんて辛過ぎます。

 

組織の人員配置はピラミッドです。上に行くほどポストは少なくなるので、自分の期待どおりのポストに就けない人の方が多いわけです。入社当初は、“この会社で偉くなってやる”と意気込んでいても、毎年ふるいにかけられ、昇進する人間の数は少なくなっていきます。世の中、出世できなかった人の方が圧倒的に多いことになります。しかし、それでも人生はまだまだ続きます。

 

会社でどこまで出世したかなど、長い人生のほんの一要素でしかありません。それに固執する必要が本当にあるのでしょうか。行列を作って物を買う時、会社での肩書をひけらかしても、誰も割り込ませてくれはしません。逆に、万年平社員だからと言って、誰かに割り込まれることも無いわけです。会社から一歩外に出れば、社内での立場など関係無いのです。

 

また、自分の配偶者の、会社での地位を気にするような人は、配偶者を人としてではなくアクセサリーとしてしか見ていないことに気がついていません。いつも仕事が最優先の人と、家族のことを第一に考えてくれる人。配偶者としてはどちらが好ましいでしょうか。偉そうにソファにふんぞり返って、全く家事をしない“部長”は、家族から“役立たず”のレッテルを貼られることになるのです。