和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

毒入り人参 昇進話に乗る前に

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生贄の山羊

失敗の責任を部下に擦り付ける。よく聞く話です。少なくとも私の職場で、事業が失敗した責任を取って潔く辞任した役員にお目にかかったことはありません。「結果が全て」が口癖の人間に限って、結果責任から逃れることが上手なようです。

 

トカゲのしっぽ切りとかスケープゴートと聞くと不祥事の後始末を連想させますが、不祥事に限らず、業務目標未達の責任や事業が膠着しているときの首のすげ替えの対象は、ほとんどの場合、中間管理職です。

 

会社勤めを長く続けていると、嫌なものを目にすることがあります。まだ私が若い頃の話です。今まで全く畑違いの仕事をしてきた人が、突然配置転換され、大きなプロジェクトのリーダーに抜擢。しかし、しばらくしてプロジェクトがとん挫し、大抜擢されたリーダーは責任を負わされて、関連会社に片道切符の出向となり表舞台から消えます。その間わずか1年足らずの出来事です。そこでようやく当の本人は、自分が“敗戦処理”のために連れて来られたことを知るのでした。

 

そのプロジェクトというのは、とある国で、国営企業との合弁で新規事業を立ち上げるというものでしたが、上層部からは1年以内に契約締結の目途をつけること、他社をパートナーとして招き入れて投資額を最小化することという、ハードルの高い条件をつけられていました。事情を知る者は誰もプロジェクトリーダーに名乗りを上げません。そこで白羽の矢が立ったのがKさんでした。

 

Kさんは私と同じ大学の出身だったので会社に入る前から顔見知りでした。物腰柔らか、誰とでもすぐ打ち解け合えるキャラクターで、下からも慕われていました。ただ、これまで事業部での経験が無かったことから、仕事面ではとても苦労されていたようです。

 

私は、Kさんが“責任を取らされて”関連会社に出向することが決まってから、Kさんの部下だった者から話を聞きそれまでの事情を知りました。火中の栗をKさんに拾わせた張本人は、その後も海外事業部門の出世街道を突き進み、上からの受けもいい役員候補になっています。

 

胸を張って図々しく

Kさんほど露骨なものでは無いにしても、同じような目に遭った社員は少なからず存在します。しかし、ほとんどの場合泣き寝入りすることとなります。

 

それなりの責任を取らされる社員となると、子供の教育や住宅ローンなど金銭的な負担がかかる年代であり、なかなか会社に盾突くことができません。会社から借金をしていればなおさらです。

 

そのような中、飄々と会社人生をエンジョイしている先輩がいます。その先輩、Tさんはあと3年で定年を迎えますが、現在、某部署の課長職として働いています。そこは、休職明けの社員が時短勤務でリハビリするなど、あまり負荷がかからない仕事を扱う部署です。

 

Tさんは、長い間海外事業部門で働いていて、とりわけ契約交渉に関してはとても深い知見を持った人でした。私もTさんにはいろいろなことを教えてもらった“弟子”の一人でした。

 

40代半ばとなり、Tさんはある部署の部長に昇格することになったのですが、この話を断ります。採算性の悪いプロジェクトを多く抱えるその部署は、非常に難しい舵取りを迫られていました。傍から見ても、経験豊富で決断力のあるTさん以外に適任と思われる候補者はいませんでした。担当役員はTさんを説得しましたが、当の本人はこれを固辞し続けました。

 

部長昇進の話を断ったTさんのことは、社内でも噂となります。当時私は、最初の海外駐在が決まっていて、Tさんが2人だけの壮行会を開いてくれたのですが、その席でTさんが話してくれたことが今でも私の心に焼き付いています。

 

「割に合わない仕事は引き受けない」。昇進して給料が上がったとしても、それに伴う犠牲が大きければ、失うものも大きい。目先にぶら下がった人参に目が眩んで間違った判断をしてはならない。

 

「危ない橋は渡らない」。上司はいざと言う時に自分を守ってくれる人間か。実は自分を生贄に仕立てるためのものではないか。美味しい話こそ冷めた目で判断しなければならない。

 

「会社に借りは作るな」。家を建てるにしても、子供の学費にしても、会社から借金はするな。会社にノーと言える準備をしておけ。

 

あの時私は、Tさんの真意を正確に理解できていなかったのですが、年を重ねるにつれてTさんの言わんとしていることが分かるようになってきました。

 

Tさんは決して仕事そのものを嫌っていたわけではありません。しかし、社内で自己保身や出世ゲームにしか興味の無い人間が多いことに嫌気がさしたのでしょう。

 

「会社」とは誰?

あれから大分時間が経って、私もこの会社に長くいると、“人を利用しようとする者”が誰で、“利用される者”が誰かが見えてきました。私自身はそのどちらにも属するつもりはありません。

 

本来の仕事に邁進しようと思うなら、自分の昇進や保身のために誰かを陥れようと考える暇は無いはずなのですが、案外暇な人間が会社には多くいます。そのような人間に限って、Tさんのようにうまく危険を避けてきた人に対して、「会社を食い物にしている」などと見当違いな悪評を広めているようです。

 

狡猾な人間ほど、二言目には「会社のため」と口にします。また、本当に会社のためを考え粉骨砕身しようという人は「会社のため」という言葉に案外簡単に騙されてしまいます。「会社」とは誰を指しているのでしょうか。誰かを犠牲にすることを考えている人間が言葉のすり替えをしているとしたら・・・。

 

いざと言う時、頼りになるのは、「会社」という得体の知れないものではなく、信頼できる同僚・上司、あるいは自分自身だけです。もし、同じ会社で長く勤めたいなら、自分に害を及ぼす者と頼れる者を見極める目が必要です。目の前の人参には毒が盛られているかもしれません。