相手の気持ちを察するには

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謝れば済むと思っていた頃

喜怒哀楽がはっきりしている人は、思っていることが顔に出るので、“距離”の取り方が楽です。喜んでいるのか、嫌がっているのかが分かれば、知らないうちに相手を傷つけてしまうということはあまり起こりません。

 

その点、私の妻はとても分かりやすいタイプの人間です。感情表現が豊かで、喜んでいる時は見ているこちらも嬉しくなります。また、一緒に映画を見に行き、感動的な場面では周囲を憚らずに泣き出します。妻は付き合い始めた時からこんな調子なので、歳を取ったから涙もろくなったというのとは違うようです。

 

他方、私はと言えば、結婚当初は妻の気持ちをあまり深く考えることがありませんでした。「泣くほどのことだろうか?」、「また、怒っている」、「そんなに嬉しいのかな?」。もちろん、相手がどういう状態なのかは分かりますが、それ以上のことを知ろうともしませんでした。喧嘩をして、自分が悪かったと思った時にはすぐに謝りましたが、それで終わりでした。私としてはその場を収めさえすれば良いとしか考えず、自分のどの言葉が、どの行為が相手の感情を傷つけたのか、というところまで思いを巡らすことをしませんでした。しかし、これでは喧嘩と仲直りの繰り返しで同じ場所をぐるぐると回っているだけで成長しません。

 

相手の気持ちを掬い取る

私がそのような考えを改めたのは、最初の駐在中に、ある大学の公開講座を受講したことがきっかけでした。1日90分、たった5日間の講義でしたが、私にとってはその後の人との関わり方にとても大きな影響を受けたものでした。

 

民族、言語、伝統、風習・・・多種多様なバックグラウンドを持った人々が集まる国では、自ら主張しなければ取り残されてしまいます。相手を肯定するも否定するもはっきりと言葉で表さなければ、「なにを考えているか分からない人間」、「気味の悪い人間」と捉えられます。自分の欲求は具体的に明確に伝えなければなりません。決して、わがままとか、自己中心的ということではないのですが、「自分の気持ちや考えが第一」の社会なのです。それが常識という国なのです。

 

しかし、当時、そのような常識を変えていこうとする流れが見られるようになりました。移民の増加と、彼らに対する労働力としての期待から、「郷に入っては郷に従え」という、新参者に対してのみ努力を強いる従来の考えを改め、「彼らが早く社会に溶け込むような働きかけが必要だ」という動きが出てきた頃でした。

 

私が受けた講座は、異文化コミュニケーションに関するものだったのですが、その中の、「話し相手の気持ちを汲み取るために」というようなサブタイトルの講義がとても印象的でした。表情や仕草などから、相手の感情を察する方法や、相手に不快な思いをさせずに自分の意見を伝える方法等、円滑な人間関係の構築や維持に関する洞察に富んだ内容でした。中でも、話し相手の気持ちを理解する – 感情を掬いとる – ためのヒントは今でも役に立っています。

 

相対している人からは何かしらの感情が湧き出ています。あまり表情に出さない人でも、何となく疲れていそうだ、とか、心なしか表情が沈んでいるみたいだというような、いつもと違った様子を嗅ぎ取ることはできるのではないかと思います。

 

相手の心の動きを察することができれば、自分がどのように対処したらいいかも分かってきます。大切なのは、“もし自分が相手の立場だったら”(put yourself in his/her shoes)を常に考えること。自分が相手の立場だったら「してもらいたいこと」、あるいは「されたくないこと」について想像力を働かせるのです。

 

また、毎日顔を合わせている家族や会社の同僚でも、その日によって体調や心理状態は同じではありません。例えば、部下が仕事でミスをして、それを注意しなければならない場合。頭ごなしに注意するのではなく、まず、「なぜこんなミスをしたのだろうか」、「様子がおかしくないだろうか?」、「身内に何かあったのだろうか?」・・・相手の気持ちを想像しながら、その時々に応じて注意の仕方を考える必要があります。

 

相手の心の動きに注意を払うことができれば、自分の言葉や行動に対してもより慎重になれます。

 

部下の思いを聞き出す

当時新入社員だったYさんは、入社半年足らずで私の部署に異動してきました。前の職場は法務部門でしたが、先輩社員との人間関係がうまく行かず配置換えとなりました。

 

異動初日。応接室のソファに腰かけた私の前に小柄な女性が座っていました。東南アジアのとある国出身のYさんは、日本の大学を優秀な成績で卒業し私の勤め先に就職しました。前年に“ダイバーシティー”への取り組みを強化した当社にとって、彼女は外国籍の新卒採用第1号でした。

 

私はYさんに前の職場で不満に感じたことを話してもらいました。不満の原因は言葉の壁でした。流暢な日本語を使うYさんですが、日本人と同じと言うわけには行きません。先輩社員と口論になっても自分の言いたいことを的確に相手に伝えられないことで、ストレスが溜まっていったようです。また、二人の口論の場に居合わせた周囲の人間が誰一人として仲裁を買って出ることもせず、傍観しているだけだったことも彼女にはショックだったようで、会社自体に不信感を抱いていることが分かりました。

 

そもそもの口論の原因というのも日本の会社らしいものでした。Yさんは大学で国際関係法を専攻してきたにも拘わらず、入社後は先輩社員の下働きとして雑用しかやらせてもらえず、それも彼女にとっては不満でした。大学で勉強してきたことを仕事に活かしたいというのが彼女の率直な思いだったのです。

 

Yさんはよく話をしてくれました。私はその間相槌を打つくらいで、言葉を挟むことは差し控えました。相手が話したがっていることは最後まで聞いてあげることが大事なのです。

 

よくあるダメな対応は、相手が話している時に話の腰を折ること。下手な講釈を垂れるのは相手の話を聞いてからでもできます。私は上司からのこのような対応で、話をする気が失せた経験を何度もしてきました。相手の気持ちを聞き出すには、自分が話をしてはいけないのです。

 

その後、Yさんは私の部署で良い仕事をしてくれましたが、キャリアパスの考え方の相違から母国で就職口を見つけて帰国しました。入社して3年足らずのことでした。彼女は今でもときたま私や当時の同僚にメールで近況を報告してくれます。

 

もちろん、講義で学んだことを実践すれば周囲の人間との関係が全てうまく行くわけではありません。良好な人間関係は双方の努力次第であることは言うまでもありません。私は自分が努力すればきっと相手に伝わると過信して酷い目に遭ったこともあります。これについては、また機会があればお伝えしたいと思います。