最後の藁 家庭が崩壊するとき

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家族円満という幻想

結婚するということは、新しく家族を作るということです。それを10年、20年と維持していくには、お互いの努力は不可欠で、どちらかに過度な負担がかかってしまうといずれ破綻してしまいます。

 

「そんな分かりきったことを」と言う方は、旦那さんや奥さんに、今の生活に不満はないか聞いてみては如何でしょうか。不満がなければそれに越したことはありません。逆にほんの些細でも相手が何か不満を抱いているのなら、芽が小さいうちに摘み取る努力が必要です。

 

自分では家族円満と思っていても、それは自己満足であって、配偶者や子供がどう思っているかは、また別の話です。また、家庭内でのいざこざはどこにでもあること、自分の家はうまく行っている方だ、などと自分に言い聞かせている場合もあります。

 

結婚してから死ぬまで、何のトラブルも起きず順風満帆、家族円満という家庭があったとしても、それは極めて稀なケースで、ほとんどの場合は大なり小なり問題が発生するものです。それを家族で知恵を出し合って乗り越えていくことで夫婦や親子の絆が深まってくのではないでしょうか。

 

家族崩壊は突然に

数年前に知人のお別れの会があり、そこで、元上司にばったり会いました。当時、退職して4~5年経った頃でしたから、年齢は70前後のはずですが、全くと言っていいほど生気が感じられません。会が終わり、何となく流れで近くの居酒屋に入ったのですが、自分でも何故そうしたのか分かりませんでした。というのは、私とその元上司とは馬が合わずほぼ毎日衝突を繰り返していたからです。

 

お互いに近況を話すうちに、元上司が定年後間もなく奥さんと別れ、今は独り暮らしだということが分かりました。猫背でぎょろっとした目が特徴のその風貌は昔のままですが、見るからによぼよぼの老人が目の前に座っています。そう言えば、昔も酒の席でこんな感じで向かい合って座っていると、私のような家事をする男を露骨に馬鹿にして、軟弱者と貶されたことを思い出しました。

 

元上司はお子さんが4人いましたが、皆家を飛び出してだれも寄りつかなくなってしまったのだそうです。その上、突然、奥さんまで家を出て行ってしまった。あれだけ家事をする男を馬鹿にし、「男は仕事。子育てはカミさんに任せておけばいいんだよ」と豪語していた男の成れの果てです。

 

その話はどこか他人事で、大切なものを失ってしまったという深刻さが感じられませんでした。私の胸の中には何の感情も湧き起こってこなかったと記憶しています。目の前の相手を蔑むでもなく、かといって憐れむ気にもなりませんでした。ただ、ぼんやりと、この人は何のために家庭を築いてきたのだろうと考えていました。

 

最期の藁

私は失礼を承知の上で、何故離婚したのかを聞いてみました。そんな夫婦の間のことは本来聞くべきではないのは承知していましたが、酒が進むうちに自分の中の意地の悪さが目を覚ましたのかもしれません。

 

元上司は親から相続した都内の一等地に家族で移り住んでいました。4人のお子さんが次々に家を出て行ってしまったのは、リタイア直後、家で顔を合わせることが多くなった頃です。以来何の連絡も寄こさなくなってしまいました。ただ、奥さんとはこっそりと連絡を取っていた様子です。それから数か月経ったある日、些細なことが原因で、今度は奥さんが家を出て行ってしまい、しばらくして奥さんから離婚の申し出がありました。「これまで面倒を見てやったのにこの仕打ちは何事か」と、怒りを露にしましたが、奥さんの気持ちは固まっていて、後に弁護士を立てて調停となり、奥さんが家を出てから半年も経たずに離婚が成立しました。

 

奥さんが家を出て行く原因となった「些細なこと」とは、夕飯のおかずに髪の毛が入っていたのを元上司が腹を立てたということだそうです。本当に取るに足らない話ですが、それが奥さんにとっては最後の藁になってしまったのでしょう。結局、本当の離婚の原因までは聞きませんでしたが、妻子から愛想をつかされたらしいということは分かりました。家族6人で住んでいた広い家に、今は元上司が独りで住んでいるそうです。食事はコンビニ弁当か、たまに近所のチェーン店で済ませると言っていました。会社にいた頃は食通を自負していた人が、コンビニ弁当を食べている姿を思い浮かべ、思わず笑いそうになってしまいましたが、年金生活だとそうそう食事に金をかけていられないとのこと。そのとおりだと思いました。

 

「何年面倒見てきても、最後はこんなもんだよ」と自虐的に独り言ちた元上司に、私は「面倒を見てきたのは奥さんの方ではないのですか」と、思わず突き放すような言い方をしてしまいました。家事や子育てなどを押し付けられ、奥さんの堪忍袋の緒がとうとう切れてしまった。その結果が今の自分の姿ではないのか、とは微塵も感じていない口ぶりに、私はこれ以上この話題を続ける気が失せました。

 

結婚して、子供にも恵まれ、会社でそこそこ出世して定年を迎えたとしても、家族から見放されてしまっては、何のためにこれまで生きてきたのかと自問したくもなるのも分からないではありませんが、全て己の責任です。家族を養うということは、仕事をしてせっせとお金を家に運んでくることだけを意味するものではありません。たとえ、普段家のことを奥さん任せにしていたとしても、何か問題が生じたときには、それを解決するために努力するのが親であり夫である者の務めであるはず。家族が崩壊してしまうまで、少しずつ積み重なっていく藁から目を背けてきた責任は大きいと思います。その結果は全て自分に返ってくるのです。

 

すっかり酒が弱くなった元上司をタクシーに乗せてから、私は家路につきました。それ以来、元上司とは会うこともありませんが、ふとした瞬間に、あの夜のことを思い出します。