結婚相手とブランド物

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結婚願望が無いのに結婚した男

就職が決まって迎えた正月。当時、父親の仕事がうまく行っておらず、両親の関係もギクシャクしている中、私は家を離れて一人暮らしをしている時期でした。それでも年明けくらいは親に顔を見せようと実家に戻ると、親戚が集まって酒盛りをしている最中でした。

 

私も付き合いで適当に話を合わせていたのですが、叔父が「(仕事が決まったから、次は)嫁さんをもらって早く親に孫の顔を見せてやれ」と、酒臭い息を吐きながら私の肩を叩きました。その瞬間に、私はプチンと切れてしまいました。叔父は数年前に離婚した身。子供は無し。正確には覚えていませんが、自分ができもしなかったことを他人に押し付けるなというような言葉を吐いて、私は家を飛び出したのです。

 

今では、結婚や子供のことを人にとやかく言うべきではないというのは常識ですが、30年くらい前は、身内の中にも就職して所帯をもって子供を産んだら“一人前”のようなことを言う者がいました。私はそのような“常識”のお仕着せが苦手で、自然と親戚との距離を取るようになりました。今でも親戚付き合いは必要最小限に留めています。

 

そんな私ですが、就職して2年後には結婚していました。妻と一緒にいたいと思っただけで、結婚という形式を選んだのは社会保険や健康保険のことを考え、その方が都合がいいと思った結果です。したがって、私は結婚願望が無いのに結婚した男なのです。

 

「結婚」することの目的化

海外駐在から帰国した私が、「婚活」と「トンカツ」を聞き間違えてあきれられたという話を当時の部下が覚えていて、今でも揶揄われます。

 

昔も今も、付き合う相手を結婚対象と見るか恋愛対象と見るかでその条件は異なります。例えば、学生時代に誰かと付き合う時、相手の親の職業など大して気にするポイントではなかったと思います。そんなことよりも、考え方や性格など相手の本質的な部分を見て好きになったり嫌いになったりしたのではないでしょうか。少なくとも、「お小遣いをあまりもらってなさそうだから、あの人とは付き合わない」などという判断にはならなかったと思います。

 

しかし、「結婚相手を探す」となると話は違ってきます。かつてバブル全盛期の頃は、女性が男性に求める条件は「三高」だと言われていました。すなわち、「高学歴」、「高収入」、「高身長」です。近寄ってくる男たちから、より好条件の一人を選ぶときの基準です。そんな「三高」という言葉はすっかり死語になってしまいました。では、「婚活」という言葉はどうでしょうか。この言葉からは、より好条件の結婚相手を積極的に探すという意味合いが滲み出ているように感じます。結婚という行為がまずありきで、結婚相手はその目的を達成するための道具といった感じがします。人をモノ呼ばわりするのは酷いと言われるかもしれませんが、本来は好き合っている二人が一つの家庭を持つための手段としての結婚が目的化してしまっているのです。

 

結婚相手とブランド物

仕事も生き方も多様化している現在、自分の人生をどう生きるかも「べき論」を押し付けられる“べき”ではありません。一生、パートナーを持たずに生きることも、パートナーと添い遂げることも、自分らしく生きられればどちらもでもいいわけです。

 

今は、ひと昔前よりも人生を独身で通すこと、結婚しないという生き方に共感する人は多いのではないでしょうか。他方、結婚願望を持つ人も依然として相当数いるようです。その理由として、価値観を同じくするパートナーと死ぬまで一緒にいたい、というのは理解できます。

 

良く分からないのが、何が何でも自分の理想とする条件に合う異性と結婚したいと考えている人たちです。特に相手の容姿や収入にこだわっている人たちは、周囲に対して見栄を張ることや、相手に頼って自分が楽をしたいためだけに結婚を望んでいるとしか考えられません。これではブランド物を買って周りに自慢しているのと何ら変わりません。そして、そのような価値観を持つ人に限って、自分自身がモノとして見られているということに気づかないのです。生身の人間は年が経てば容姿も崩れていきますし、会社をクビになったり、事業に失敗して収入が途絶えることもあり得ます。相手のブランド価値にしか目がいかない人に限って、自分の商品価値が分かっていないのです。自分にとって“相応しい”相手を探す、という考え方は、どこか高いところから相手を見下している印象を受けます。実は自分も選ばれる対象となっていることに気づいていないのです。

 

結婚とは、お互いに年を取っても、病気やケガで苦しい思いをしても、添い遂げることを言うはずです。したがって、相手の性格や考え方以外の条件に固執すると、結婚なんてうまく行くわけがありません。長い人生を一緒に暮らしていく相手を探すのであれば、やはり第一に相手に対して恋愛感情を抱けるか否かが大切だと思うのです。好きでもない相手と暮らすことほど無意味で時間の無駄になることはありません。