和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

幸せの対価(2)

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偉くなることが幸せなのか

かつて私は、秘書業務をしていたことがあります。役員フロアでの仕事は、経営トップの考えに直接触れることができるいいチャンスという見方もできますが、本来の会社業務から離れた、“執事”のような仕事も多く(というか、私の場合、大部分がそのような仕事でしたが)、あまり長くやるものではありません。

 

先日、天下りの話を記事にしましたが、お役所からの天下りでも、キャリアコースから外れてやってきた天下りと、キャリア官僚のトップまで登り詰めた天下りとは、やはり格が違います。

lambamirstan.hatenablog.com

 

前者は小役人的でどのように上に取り入るかに腐心するあまり、下の人間をぞんざいに扱うタイプが多く、後者は役所のトップを経験してきたこともあり、人心を掌握することに優れていると言えます。

 

私がその天下り役員の秘書となったのは、会社のトップを退き役員の重責からも解放され仕事らしい仕事もない、名誉職となった後でした。従って、秘書業務と言っても来客とのアポ調整のほかは、話し相手をする時間がほとんどです。正確には“話し相手”ではなく、聞き役でした。

 

一週間のうち昼は役所時代の後輩などとの昼食会が多かったのですが、予定のない時は自室で昼食を摂っていました。それがほぼ毎回うな重。私も一緒にうな重です。こんなことを言うと「贅沢な!」と怒られてしまいますが、最初は感激したうな重の味も、回を重ねるごとに匂いを嗅ぐのも苦痛になってきます。

 

それはさておき、当時30代前半の私が疑問に感じたのは、すでに現役を退き名誉職となり、取り立てて仕事があるわけでもないのに、何故毎日出社するのかということでした。もちろん、役職についている限り、普通の社員の何倍もの報酬を受け取るわけですから、お金が目的なのかとも思いました。

 

しかし、今で言うところの後期高齢者の域に達した人間が、これ以上お金を稼ぐ必要もなさそうです。そうなると、やはり社会的地位を保つことが目的なのか。社会的な地位と幸せは比例するのか。

 

当の役員は笑顔を見せることはほとんどありませんでした。どちらかというと、終始仏頂面であまりこちらから近寄りたくない雰囲気でありました。お金に困っているわけでもないのに、何が楽しくて毎日出勤するのだろう。私には理解できませんでした。

 

幸せは与えられた待遇か

今、50代となった私がその役員の心情を推察してみると、社会的なつながりと待遇を維持したかったのではないかと考えます。ほぼ毎日、昼は役所時代の後輩との食事。さすがに夜は数こそ少ないですが、一週間の半分くらいは宴席がありました。これも会社役員だからこそです。また、役員であり続ける限り、送り迎えの社有車、秘書、執務室がつき、出張名目の外遊もできます。電話一つで、現役の役員から役所のOBまで呼びつけることも可能です。

 

もし、当の役員がこのような待遇自体に固執していたのだとすると、簡単に手放すことなど出来るはずがありません。完全にリタイアして、ただのおじさん、あるいはおじいさんになってしまったら、当然のことながら誰も自分の言うことを聞かなくなります。そう考えると、一度登り詰めた人間はそのステイタスを手放すことを一番恐れているのかもしれません。

 

しかし、自分の待遇を保ちたいために組織の役職にしがみつくことは、果たして幸せと言えるでしょうか。また、そのような待遇、すなわち、周りの人間が身の回りの世話をし、会社の費用で昼食会や宴席を持つことは幸せなことなのでしょうか。

 

最後に幸せを感じることができるか

そんな秘書の仕事を2年ほど続けていた頃、その役員の奥様がお亡くなりになりました。それからほどなくして、ご本人も病に倒れ、ほんの3か月足らずでお亡くなりになりました。

 

3か月の入院期間、私は上司と交代で病院に詰めていましたが、見舞いに訪れる客はわが社の役員数名のみ。これまで昼食や宴席をともにした面々は結局一回も顔を見せませんでした。当の役員は口にはしませんでしたが、あれだけ「可愛がっていた」役所の後輩連中が見舞いに来なかったことを寂しがっていたのではないかと思います。

 

思うに、組織の中での人間関係というものは、地位や役職に大きく影響されます。偉い人のところに人が集まるのは、ほとんどの場合利用価値があるからだと思います。当の役員も現役を退いたとは言え、官僚OBとしていろいろな方面に顔が利きました。しかし、死期が近づき利用価値が無くなったとみると、波が引くように人の出入りが無くなります。

 

結局最後は、ご子息・ご令嬢の見守る中、静かに息を引き取りました。家族に看取られて最期を迎えられたわけですから、それはそれで幸せだったのかもしれません。しかし、そばに仕えていた者からすると、何とも侘しい終わりのときでした。

 

官僚の頂点を経験し、その後会社のトップを務めた人でも最期は独り天に召されます。その瞬間、ご本人は幸せだったのでしょうか。社会的な地位も得られ、お金の心配もなく死を迎えられたこと、それだけで本当に幸せだったのでしょうか。