無駄なお金の使い方

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お金をドブに捨てる駐在員

アメリカに駐在していたときの話です。

当時、郊外の一軒家を借りて家族4人で住んでいました。彼の地は、地域によって犯罪発生率の高低が大きく異なるので、家を決める際には細心の注意を払う必要があります。町の治安の良し悪しは、住んでいる住民の世帯収入に大きく左右されるので、治安のいい町では一軒一軒の敷地が広く、メインテナンスの行き届いた家が建ち、道も整っています。私たちが選んだ住宅地も住環境に恵まれており、家も広く広い庭が付いていました。

 

広い家に住めるということはありがたい話でしたが、あくまでこれは仮の住まい。駐在期間が明ければ日本に帰国するわけで、私も妻もあまり浮かれないように心掛けました。 

 

後になって、どこに住むかは駐在員の間(というよりも、駐在員妻の間)で共有される情報を参考にすべき、という話を耳にしました。当時私は一人駐在員だったので、そのような他社の駐在員からの情報があまり入ってこなかったのでした。

 

例えば、口うるさいAさんの家の近くは避けた方がいい、とか、あのエリアは現地校に通う日本人が多いから安心、だとか、様々な貴重な(?)情報が入ってくるわけです。また、駐在員同士で住むエリアを競い合っているなどという話も漏れ伝わってきました。家賃の会社負担額にも上限があるでしょうから、人によっては見栄の張り合いのために、一部自腹で家賃を負担してでも、“お洒落な街”に住もうとするようです。

 

私たちはそんな余計な情報が入ってくる前に家を決めてしまったので、周囲に駐在員の家もなく、かえって気を遣わずに生活することができました。

 

駐在地では、他社の駐在員とも日本人商工会や日本人会の集まりでつながりができ、また、子供の日本語補習校での活動を通じて家族間の交流も盛んになります。持ち回りでホームパーティーを開いたり、駐在員妻で趣味のサークルを作ったりしていると、どうしても会社ごとの待遇の違いが話題になります。そうなると、実際の待遇を変えることはできなくても、いい家に住むことや、いい車に乗ること、いいアクセサリーを身に着けることを競い合う駐在員が少なからず現れます。傍から見ていると、なんて無駄なお金の使い方をしているのだろうとあきれてしまいますが、見栄やプライドのために嬉々としてお金を使う人は誰にも止められません。

 

見栄っ張りで身を亡ぼす

似たような例はわが家の近所でも起こりました。

 

我が家から見て右隣は、40代の共働き夫婦で、子供は中学生から小学生までの男の子4人。車はセダンを2台所有。2番目の男の子がうちの下の娘と同学年だったので仲良くしてもらっていました。

 

対する左隣さんは、私たちよりも後に引っ越しって来た30代半ばくらいの夫婦。共働きで子供はおらず、大きな犬を飼っていました。車はセダン、SUV、それにピックアップトラックの3台を所有していました。夫婦2人なのに車を3台持っていると聞くと驚かれる方もいると思いますが、主に通勤に使うセダン、キャンプなどの遠出にはSUV、大きな物を買う時でも困らないピックアップトラック、この3台を持つことが、ここでは“ステイタス”の証なのです。また、その家では引っ越して間もなく、芝生の敷き詰められた庭を潰してプールを作りました。プールサイドでバーベキューというのも、こちらの人々にとっては“ステイタス”の証。DINKSでお金には困らないといった感じが窺えました。

 

これに応じるかのように、私たちの右隣さんが動き出します。SUVを買った後は庭にプールを作りました。こうして、毎週末には両隣から肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくるのでした。私には、右隣さんが対抗心のためだけに派手にお金を使っているとしか考えられませんでした。間に挟まれた我が家は内心ドキドキしながら、両家の様子を見守っていました。

 

さて、この勝負(?)ですが、右隣の家が裁判所による差し押さえを受けてゲームオーバーとなりました。ほんの2年足らずの話です。家族はどこかに引っ越したようですが、消息は分かりません。あんな浪費さえしなければ、家族6人で楽しく暮らせたはずなのにと思わずにはいられませんでした。これまで、SUVが無くても、庭にプールが無くても楽しそうに暮らしていた家族が、虚栄心を満たそうとしたばかりに、大切な家を手放さざるを得ない状況になってしまったのです。

 

隣の芝生の色は気にするな

言うまでもなく、駐在員にしてもアメリカ人にしても、堅実に生きている人の方が多いと思っています。ただし、日本以外の国に住んでみて分かったことは、どこの国でも見栄を張るため、あるいは、プライドを守るために無駄にお金を使う人はいるということでした。

 

そのような目的でお金を使うこと自体、問題有りだと思いますが、誰かと競り勝つことでしか充実感を味わえない人を見ると、とても悲しくなってしまいます。幸せは隣の誰かと比べて確認するものではありません。自分の心を満たすものを見つけられなければ、いつまでたっても隣の芝生の色が気になります。隣の芝が青く見えてしまうのは、自分自身の心の問題なのです。