幸せの対価(1)

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欲とストレス

「依存症」と聞くと、薬物やギャンブルを思い浮かべる方が多いと思います。また、買い物依存症という言葉もありますね。いずれの依存症も精神的ストレスから逃れるための反復的な行為です。

 

私も、受験生の頃、スナック菓子を食べながら勉強するのが習慣になっていました。それを依存症と呼ぶのは大袈裟かもしれませんが、ストレスを解消するための行為だったことは間違いありません。

 

私の部下にも、貯金ができないと愚痴をこぼす者がおりますが、聞くと、ネイルアートだ、この冬流行りのコートだ、と“必要な物”にお金がかかるとのこと。まあ、自分で稼いだ給料ですからどう使おうと勝手ですが、お金の使い方があまりにも刹那的だと感じるのは、私が歳を取ったからなのでしょうか。

 

一方、私はと言えば、最近はストレス解消に“仕事帰りに一杯引っかける”などということが無くなりました。かつては、週に1~2日は上司に付き合ったり、時には一人で飲み屋の暖簾をくぐったりしたものですが、今はそのようなぶらりと寄り道して飲んで帰るということは全くありません。下手に部下を誘うとパワハラにも成りかねないご時世。部での飲み会の数もかなり少なくなりました。家で妻と杯を交した方が何となく気が楽というのも理由のひとつです。そういえば、最近は「飲まなきゃやってられない!」などと、爆発(?)することもほとんど無くなりました。これはどういったことなのか、自分なりに分析してみると、大体次のようなことが考えられました。

 

1)50代になり定年も見えてきたので、がむしゃらに仕事に傾注する必要を感じなくなった。

2)家を建てて、これ以上大きな出費を伴う人生のイベントが無くなった。

3)娘たちが大学生になったので、子育ての終わりが見えた。

 

ということでしょうか。

考えてみると、かつては終電が無くなるまで、あるいは徹夜で仕事をするということが珍しくありませんでしたが、ここ数年は、仕事が忙しくても夕飯は妻と摂れるようにあまり遅い帰宅は避けるように心がけています。もっとも、今は社会全体が残業を良しとしない風潮ですから、これは当たり前の話です。また、娘の進学のことで夫婦でヤキモキすることもなくなりました。さらに、新居に引っ越して、隣近所、上の階、下の階の住人に気を使いながらの社宅生活から解放されて、のびのび生活できるようになりました。考えてみると、夫婦喧嘩の数もめっきり減りました。

 

このあたりが、“自棄酒”が無くなった原因ではないかと思っています。念のためここでお断りしておきますが、“自棄酒”とは言いながらも私の場合は、“明るいお酒”であります。

 

ともあれ、最近は自分でも心が安定していることが分かります。もちろん、仕事で嫌な目に遭うこともありますが、不思議と尾を引きません。気持ちを切り替えることが以前よりも容易になったような気がします。年齢から来る達観かもしれません。

 

もう一つ気がついたことがあります。

このブログを始めて、これまでいくつか貯金のことや節約のことをテーマに記事を書いてきました。私の過去の経験を認めたものなので、書いた内容な事実なのですが、今現在、貯金とか節約という言葉が頭の中に浮かんでこないのです。

 

これは、お金を湯水のごとく使っているということではなく、むしろ逆で、お金をあまり使わなくなったということです。以前は、何かしようとするときは決まって、「もったいなくないか」、「無駄ではないか」と頭の中で考えを巡らせ、お金を使うことに慎重でしたが、今は、夫婦での旅行も毎月の積立の範囲内で行けそうなところを選んだり、日々の買い物も生活に必要なものを買い揃えたりと支出が決まった範囲内で収まっているため、お金の使い方で逡巡することが少なくなりました。欲が無くなったとも言えそうです。

 

ストレスが解消されたのとほぼ同じくして物欲が小さくなったのは、無関係ではないと私は思っています。これまでストレスフルな生活のはけ口として、浪費に走ろうとする意識があったのは否めないからです。幸いにして、私たち夫婦は、新婚当初に目的をもって貯金に励んでいたため、それが浪費のブレーキになりましたが、そのような夫婦での約束がなかったら、ストレスの解消の手段としてお金に依存していたかもしれません。

 

お金は心を満たしてくれるのか

思えば、人間の欲求は膨らまそうとすると際限の無いもので、自分の欲求に振り回される人は、例え欲しい物を全て手に入れることができたとしても、また次の欲しい物が目の前に現れるのではないかと考えます。お金を使うことでしか欲求を満たすことができないということは、お金に依存していることになります。これではいつまでたっても心が満たされるときはやって来ません。

 

私は、不安を感じずに生きることができれば、それが幸せだと思っています。まずは自分自身が安らいでいること。次に、家族に安らぎを与えられること。そして、そのような、心が満たされた状態が幸せなのだと思います。

 

この世の中で生きていく以上、お金は必要不可欠であることは当然ですが、お金に振り回されてしまうと、幸せは遠のいてしまいます。本当に心を満たしてくれるものはお金で直接買える物ではありません。